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私はただあなたのシナリオ観客

おさるのジョ

美桜里さん怒ってなくて良かったわね」
ああ…」
早雪が笑うとザンも頷く。
美桜里の怒りが向けられているのはどうやら貴彰だけらしい。
水瀬社長は今日はどうしている…?」
村長と話があるみたいな事言ってたわね。スーパーの仕入れ状況とか知りたいからお店のご主人紹介してもらうんだって」
そうか…」
ひとまず、保育士の書類をもらったので、これをFAXしなければならない。
福祉施設に連絡も入れたいのでひとまずザンは村役場に行く事にした。
じゃ、ここで。私は帰ってるね」
ああ。また後でな」
二人は分かれ道で別々に歩き出した。
早雪は帰ろうとしたのだが、ふと気になってスマホを取り出した。
相変わらずこのあたりは圏外だが、港の方へ行けば電波は入る。
方向転換して港に向かった。
10分くらい歩いたところで、電波が入った。
海岸沿いの階段になったコンクリートの地面に座り、電話をかけた。
もしもし?元気?」
早雪が訊ねると、電話の向こうから嬉しそうな声が聞こえた。
うん。今ね、ママ島に来てるのよ。…え?しまうまの『しま』?あはは、じゃなくてね、なんて言ったらいいのかな…。ああ、おさるのジョージに出て来た、おじさんとジョージが遊びに行った島!そう。海に囲まれた…」
早雪は必死に言葉を探して語りかけて来る我が子の言葉に相づちを打ちながら泣きそうになった。
もうすぐ帰るからね。お土産たくさん買って行くからね!」
そう言うと、電話の向こうで嬉しそうな声がする。
電話の相手はまだ5歳だ。
顔も見ずに長時間会話が成り立つ訳でもなく、早雪は早々に電話を切った。
可愛い我が子の顔が浮かぶ。
その表情はいつも笑っていた。
(笑っていたばかりじゃないのにね…。)
不思議なもので思い出は綺麗に見えるのかもしれない。
(綺麗なところだけしか思い出せないのは、思い出したくないから?)
水平線を見つめながら、静かに涙を流す。
早雪にとってのこの1年半は、とても過酷だった。
仕事に打ち込む事で忘れようとしていたが、なかなか思うようにはいかない。ふとした時に思い出し、こうして心の奥底に溜め込んだストレスがあふれて来るのだ。
ふと気づくと、大分暗くなって来ていた。
ぼんやりと水平線に沈む夕日を見つめていると、不意にハンカチが差し出される。
驚いて受け取り、隣を見ると困った顔をした貴彰が座っていた。
…!」
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